みをつくしのひとりよがり

2022/08/10にブログ名を変えました.仕事や生活に役立ちそうな(実際に役立つかは別として)数学・物理ネタをつらつらと書いていこうと思ってます.

ニュートリノにまつわるエトセトラ

※2015/12/30 2回に分けて書くつもりでしたが,まとめることにしました.

2015年は,

  • 国際光年(IYL2015)だったり,

といろいろな記念の年になっていました.
そして,「ニュートリノ振動の発見」に対するノーベル物理学賞の授与というニュースがありました.それぞれ別々の事柄として書いていますが,実は関係しあうところになっています.そのあたりを交えつつ,ニュートリノの小ネタ(高校物理の範囲で)を書いてみます.

カミオカンデって

ニュートリノの観測装置として出てくるのが,カミオカンデです.そもそもは大統一理論という重力を除く3つの力(電磁気力,強い核力,弱い核力)を統一的に考えようという理論を検証することが目的でした.「陽子崩壊」という現象が予測されており,それを観測しようというものです.
具体的に陽子崩壊とは,
 p \rightarrow e^{+} + \pi^0 または p \rightarrow \nu + \pi^{+}
 (p:陽子,e^{+}陽電子 \nuニュートリノ\pi^0\pi^{+}パイ中間子)

のようにおこり,このとき発生するチェレンコフ光を観測することを狙っていました.カミオカンデは「光」を観測することを目的としているわけです.そのために,非常に高感度の観測装置(光電子倍増管)を多数配置しています.この観測装置は,まさに光に関する技術の結晶です.

さて,陽子がやすやすと崩壊してしまうと,原子の構成が変わってしまい,物質自身が変化したりなくなったりしてしまいます.でも,安心してください.その寿命は10^{33}年以上と考えられており,宇宙の年齢137億年(1.37 \times 10^{10}年)に比べてはるかに長いのです.

簡単に「寿命」と書いていますが,この寿命とは「1/e減期」*1とも呼ぶものであり,その数が1/e \approx 0.37になるまでの時間を表しています.ですので,大量の陽子を準備すれば,そのうち観測できると考えられます.水はシンプルで安定しており,1分子あたり10個の陽子を持っています(酸素原子に8個,水素原子に1個×2).仮に,10^{33}個の陽子を用意するのに必要な水の量を計算してみましょう.

水分子は,10^{32}個必要になります.
水分子の分子量は18ですから,アボガドロ定数6.02 \times 10^{23}を用いて,
 \displaystyle{ \frac{10^{32}}{6.02 \times 10^{23}} \times 18 \approx 3 \times 10^9 } [グラム]

ざっと,3,000トンの水を用意すればいいことになります.もっと量を増やせば観測の確率は上がりますが,装置の費用(建設費+維持費)のことも考えると,最低限に抑えたいところもあるでしょう.カミオカンデはちょうど3,000トンの水を蓄えられるように作られました.陽子の寿命が予測どおりであれば1年間に1回の割合で観測ができていたはずです.結局,観測はされなかったので,崩壊自体起きえないか,もっと寿命が長いかということになります.

ニュートリノ振動とは?

ニュートリノという素粒子が実際に震えている(熱振動している)わけではなく,電子ニュートリノ・ミューニュートリノ・タウニュートリノという3種類の粒子へ周期的に変化する現象のことです.量子力学を用いると,どのニュートリノになるのかという確率が周期的に変化していることが示されます.そして,この周期を表すパラメータとして,質量が必要となるため,ニュートリノは質量をもつという結論になったわけです.


でも,質量ももたない(と言われ),他の物質とも作用しない(すり抜けてしまう)ような素粒子は,なぜ必要なものとなったのでしょうか?

中性子ベータ崩壊

ベータ崩壊とは,ベータ線(β線)つまり電子の放出を伴う原子核の崩壊現象です.このとき,ニュートリノも放出されているのですが,通常,観測にかかるのは変化した原子核と電子のみです.しかし,このときの電子がもつ運動エネルギーを観測すると,これら2つだけでは説明がつかないのです.

もっとも簡単なベータ崩壊は,中性子(n)のベータ崩壊*2です.ニュートリノがないとした場合には,
 n \rightarrow p + e^{-}

と陽子(p)と電子(e^{-})のみが放出されます.さらに単純にするために,もとの中性子が静止していたとします.この現象については,エネルギー保存則*3と運動量保存則が成立します.
運動量保存則は,単純に
 m_p V = m_e v
 (m_p:陽子の質量,V:崩壊後の陽子の速さ,m_e:電子の質量,v:崩壊後の電子の速さ)

と表されます.この式から以下のことがわかります.

  • 電子の方が,陽子よりも速く飛び出す(陽子の方が重たいから)
  • 電子と陽子の飛び出す方向は,反対になる

少し強引ではありますが,運動エネルギーが「1/2 \cdot mv^2」の形で得られるとして,計算してみると,
 \displaystyle{ \frac{1}{2}m_e v^2 = \frac{m_p}{m_p + m_e} (m_n - m_p - m_e)c^2 }
 (m_n中性子の質量,c:光速)

と表されます.m_p \gg m_e*4であることを用いると,
 \displaystyle{ \frac{1}{2}m_e v^2 \approx (m_n - m_p - m_e)c^2 }

となります.電子の運動エネルギーは,一定の値になることがわかります.

しかし,実際には,電子の運動エネルギーは一定ではなく,いろんな値をとることがわかっています.そのため,3つ以上の物質となって崩壊することが結論付けられます.

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3つ以上に崩壊する場合,飛び出す方向により速さも変わり,図のような分布を得ることができます.電子の運動エネルギーが最大となるのは,陽子とニュートリノが同じ方向(電子はその反対方向)に飛び出すときになります.


こんな感じで,入試問題でも出てくるのかなあという期待(予想)もこめて,ちょっと書いてみました.さらに,大気ニュートリノ,太陽ニュートリノといった内容も出てくるのかもしれません.原子物理はちょっと穴かもしれません.

*1:1/2になるまでの時間が「半減期

*2:一般のベータ崩壊では:\displaystyle{ \ _{Z}^{A} X \rightarrow \ _{Z+1}^{A} Y + e^{-} + \bar{\nu} }

*3:ここでいうエネルギーとは,相対論的な運動エネルギーと相対論的な質量エネルギー(E=mc^2)の和のこと

*4:m_p=938 [ MeV/c^2 ] m_e=0.511 [ MeV/c^2 ]