みをつくしのひとりよがり

2022/08/10にブログ名を変えました.仕事や生活に役立ちそうな(実際に役立つかは別として)数学・物理ネタをつらつらと書いていこうと思ってます.

「2021年阪大物理第1問」のメモ

阪大さんのメモです.なんか,去年までの京大さんを模したような難解さだったと思います.問題設定はさほどややこしくないのですが,途中の誘導や問われている物理量がピンとこないという感じだったのではないでしょうか?そのあたりが少しでもスッキリできればと思っています.

第1問は軌道エレベーター(宇宙エレベーターと言われたりもする)の問題です.

I 静止衛星の軌道半径

シンプルな万有引力の問題です.

問1 自転の角速度

シンプルな万有引力の問題と言いつつ,ここ意外とわからんという人いるかもしれませんね.円周率に関する記述(「円周率  \pi 3.14とする」)といったものも見当たらないので,使っていいのかな?と思ってしまいそうです.ただ,有効数字が 1桁なので,あまり細かいことは気にしなくてもよさそうです.
立てる式は, \displaystyle{ \omega_s = \frac{2 \pi}{24 \times 60 \times 60} = \frac{\pi }{43200} }です.

  • 円周率を  3とした場合(ゆとり世代!)は, \omega_s \fallingdotseq 6.9 \times 10^{-5}
  • 円周率を  3.1とした場合は, \omega_s \fallingdotseq 7.2 \times 10^{-5}
  • 円周率を  3.14とした場合は, \omega_s \fallingdotseq 7.3 \times 10^{-5}

となるので,答えは  \omega_s = 7 \times 10^{-5} \mathrm{ [rad/s] }でぶれなさそうです*1

問2 軌道半径

向心力と万有引力の関係式を立てるだけです.
  \begin{align} m R_s {\omega_s}^2 &= G \frac{Mm}{{R_s}^2} \\ R_s &= \sqrt[3]{ \frac{GM}{{\omega_s}^2} } \end{align}

万有引力定数: G = 6.67 \times 10^{-11} \mathrm{[ N \cdot m^2 / kg^2 ]} ,地球の質量: M = 5.97 \times 10^{24} \mathrm{[ kg ]},角速度は  \omega_s = 7.27 \times 10^{-5} \mathrm{[ rad/s ]}としてこの値を計算をすると, R_s = 42235 \mathrm{[ km ]}と求まります.これは地球の中心からの距離ですので,地球の半径分  6400 \mathrm{[ km ]}を差し引くと,軌道"高度"はおよそ  36000 \mathrm{[ km ]}となります.これは,静止衛星の質量には無関係であり,その星(地球)がもつ質量と自転の速さにより導かれるものとなります.
 GM = g R^2( gは重力加速度)と置き換えて計算することもできます*2

2021/04/01追記
 R_sは,地球がもつ質量と自転の速さによって決まると書きましたが,もうちょっとわかりやすい形に変形することもできます.地球の密度を  \rhoとおくと, \displaystyle{ M = \frac{4}{3} \pi {R_0}^3 \rho }と表されるので,
  \displaystyle{ R_s = \sqrt[3]{ \frac{G \cdot \cfrac{4}{3} \pi {R_0}^3 \rho}{{\omega_s}^2} } = \sqrt[3]{ \frac{4 \pi G \rho}{3{\omega_s}^2} } \cdot R_0 }

と地球の半径の何倍かという形にできます.
この  \rhoを用いると,問6の解も比較的すっきりした形にできます.

II ワイヤーをつないで軌道半径を変える

ワイヤーがあるので,張力を考えることになります.

問3 ワイヤーにはたらく張力

力のつり合いの式を書くだけです.張力を  Tとして,
  \displaystyle{ m R_1 {\omega_s}^2 = T + G \frac{Mm}{{R_1}^2} }

問4 ワイヤーの途中につけられた小物体の運動

ワイヤーから放たれた小物体の力学的エネルギーは保存されており,無限遠における力学的エネルギーがゼロ以上になっていればいいわけです.
  \displaystyle{ \frac{1}{2}m' {r'}^2 - G \frac{Mm'}{r'} \geqq 0 }


III 質量をもつワイヤーが宙吊り状態

地表につながれることもなく,宙吊り状態で静止している場合を考えます.ワイヤーを  N分割し、その  Nを大きくすることで質点がつらなっている様子に置き換えています.

図4 ワイヤーが質量をもつ場合

問5 ワイヤー全体にかかる力を 2とおりで考える.

文章に沿って,ちょっと細かく説明を書いてみます.
(a)地表面から  i番目の質点における力のつり合いの式を考えると,

  • 鉛直上向きには,張力: T_iと遠心力(慣性力): \Delta m r_i {\omega_s}^2
  • 鉛直下向きには,張力: T_{i-1}万有引力 \displaystyle{ G \frac{M \Delta m}{{r_i}^2} }

がそれぞれはたらいているので,
  \displaystyle{ F_i = T_i - T_{i-1} = G \frac{M \Delta m}{{r_i}^2} - \Delta m r_i {\omega_s}^2 }

と求まります.

(b)は, \Delta mの部分の長さが  \Delta rだと言っているので,その質量は線密度をかけて  \Delta m = \lambda \Delta rとなります.

 Nが十分大きいときに  n \neq 1に対して成り立つ近似式が
  \displaystyle{ \sum_{i=1}^N {r_i}^n \Delta r \fallingdotseq \frac{1}{n+1} \left( {R_2}^{n+1} - {R_0}^{n+1} \right) }

として与えられていますが,これは区分求積法を用いれば導き出すことができます*3.というよりも,次の力の総和自体,本来であれば積分で計算するところをこのような近似式で置き換えているわけです.

(c)この近似式を用いて  F_iの総和を求めます.
  \begin{align} F = \sum_{i=1}^N F_i &= GM \lambda \sum_{i=1}^N {r_i}^{-2} \Delta r - \lambda {\omega_s}^2 \sum_{i=1}^N r_i \Delta r \\ &= GM \lambda \cdot \left\{ \frac{1}{-2+1} \left( \frac{1}{R_2} - \frac{1}{R_0} \right) \right\} - \lambda {\omega_s}^2 \cdot \left\{ \frac{1}{1+1} \left( {R_2}^2 - {R_0}^2 \right) \right\} \\ &= GM \lambda \left( \frac{1}{R_0} - \frac{1}{R_2} \right) - \frac{1}{2} \lambda {\omega_s}^2 \left( {R_2}^2 - {R_0}^2 \right) \end{align}

上の近似式のところでも書いているように,本来の積分の形で表せば,万有引力と遠心力の差を足し合わせるという意味で以下のように書き下せます.
  \displaystyle{ F = \int_{R_0}^{R_2} \left( G \frac{M \cdot \lambda \ dr}{r^2} - \lambda \ dr \cdot r {\omega_s}^2  \right) = GM \lambda \int_{R_0}^{R_2} \frac{dr}{r^2} - \lambda {\omega_s}^2 \int_{R_0}^{R_2} r \ dr }

(d)これが意外というか「え?」という答えなのですが,数列の和の計算でよく使う「一般項が  f(n) - f(n-1)の形になるときの和」のパターンになっています.具体的に書き下せば,
  \begin{align} F = \sum_{i=1}^N F_i &= (\cancel{T_1} - T_0) + (\cancel{T_2} - \cancel{T_1}) + (\cancel{T_3} - \cancel{T_2}) + \cdots + (\cancel{T_{N-1}} - \cancel{T_{N-2}}) + (T_N - \cancel{T_{N-1}}) \\ &= T_N - T_0 \end{align}

となって,下にも上にもつながっているものがないので,結果  0となります.つまり,このワイヤーは上下に移動したりしないということです.まあ,当たり前って言えば当たり前の結果ですね.

問6 軌道エレベーターの「高度」

軌道エレベーターの高度である  R_2がどのくらいになるのかを求めていきます.与えられている式は,

  • 問2で求めた  \displaystyle{ {R_s}^3 = \frac{GM}{{\omega_s}^2} }
  • 問5の内容から, \displaystyle{ GM \lambda \left( \frac{1}{R_0} - \frac{1}{R_2} \right) = \frac{1}{2} \lambda {\omega_s}^2 \left( {R_2}^2 - {R_0}^2 \right) }

 \displaystyle{ \frac{R_2}{R_0} }を求めたいので,2つ目の式の左辺は  1/R_2,右辺は  R_0を括弧から括り出してあげます.1つ目の式は, \omega_sを消去するために,その右辺に適用します.すると,
  \begin{align} GM \lambda \cdot \frac{1}{R_2} \left( \frac{R_2}{R_0} - 1 \right) &= \frac{1}{2} \lambda \cdot \frac{GM}{{R_s}^3} \cdot {R_0}^2 \left\{ \left( \frac{R_2}{R_0} \right)^2 - 1 \right\}  \\ \frac{1}{R_2} &= \frac{1}{2} \frac{{R_0}^2}{{R_s}^3} \left( \frac{R_2}{R_0} + 1 \right) \end{align}

因数分解や約分を用いて整理しています. \displaystyle{ x \equiv \frac{R_2}{R_0} }とおくと,この式は次の 2次方程式になります.
  \displaystyle{ x^2 + x - 2\left( \frac{R_s}{R_0} \right)^3 = 0 }

 R_2 > R_0より  x >1ですから,そのことに注意すれば,
  \displaystyle{ x = \frac{1}{2} \left\{ \sqrt{ 1 + 8 \left( \frac{R_s}{R_0} \right)^3 } - 1 \right\} }

ここに  R_s = 7 R_0を代入します.この値は,問2のところで計算していた  R_s, \ R_0の具体的な比の値(の近似値)を用いています.
  \sqrt{ 1 + 8 \times 7^3 } = \sqrt{3145}

 55^2 = 3025, \ 56^2 = (55+1)^2 = 3025 + 110 +1 = 3136となるので,おおよそ  56となります.
  \displaystyle{ x \fallingdotseq \frac{56}{2} = 28 }

ということで、答えは(え)になります.
ちなみに,電卓を用いると, x \fallingdotseq 25.7となります.

20212/01/11追記
いまさら気づいたのですが, 8 \times 7^3 = (1+7) \times 7^3 = 7^3 + 7^4と変形すれば,おおよそ  \sqrt{3145} \fallingdotseq 7^2+ \alphaぐらいだなって見当つけられますね.


特に,問5のところが見慣れない計算や式変形をともなうので,戸惑うかもしれません.しかし,今年の阪大さんはこれで許してくれなかったのです...

*1:有効数字1ケタの精度なら,円周率を  3としてもいいと判断できる感覚を求めてるのかも?

*2:いつもの参考物件です. 重力加速度ってなんですか? - 理系男子の独り善がり

*3: r_i = R_0 + i \cdot \Delta r であるから,考えている和は N \rightarrow \inftyにおいて, \displaystyle{ \sum_{i=1}^N \left( R_0 + i \cdot \Delta r \right)^n \Delta r = L \cdot \frac{1}{N} \sum_{i=1}^N \left( R_0 + L \frac{i}{N} \right)^n \rightarrow L \int_0^1 (R_0 + Lx)^n \ dx = \frac{1}{n+1} \left\{ (R_0 + L)^{n+1} - {R_0}^{n+1} \right\} } ここでは一度, L \equiv R_2 - R_0と置いています. Nが有限である限り,この式は近似式です.