みをつくしのひとりよがり

2022/08/10にブログ名を変えました.仕事や生活に役立ちそうな(実際に役立つかは別として)数学・物理ネタをつらつらと書いていこうと思ってます.

「2022年京大物理第3問」のメモ

京大さん第3問は,2007年にも登場したゴムひもを扱う問題です*1.2007年のときとは扱っている過程が異なっているので,ところどころ違っています.シリンダー内にある理想気体のサイクル過程とゴムひものサイクル過程を比較していきます.

問題文冒頭に書かれている『ただし, \Delta Tなど  \Deltaを付した物理量は微小量であり,1次の項までを考えるものとする.』については,過去の問題でも出てきていますが, \Delta p \Delta Vといった2回以上かけられた項は無視をするということを意味しています.
たとえば,
  (p + \Delta p)(V + \Delta V) = pV + p \Delta V + V \Delta p + \xcancel{\Delta p \Delta V}

といった具合です.

(1) シリンダー内にある理想気体のサイクル過程

[あ] 気体の圧力
気体の体積は  V = SLとして与えられるので,それを用いて状態方程式を立てるだけです.

2とおりの状態変化について考えていきます.
ア) 気体の体積を一定に保って外部から熱を加え,温度を  T + \Delta Tとした.
理想気体の内部エネルギーは  U = n C_V Tとして与えられるので,その変化量は  \Delta U = n C_V \Delta T [い]となります.

イ)気体の温度を  Tを一定に保ってピストンを引き,長さを  L + \Delta Lとした.

  • 上で書いたように,内部エネルギーの変化は温度の変化に依存しているので  \Delta U = 0 [う]
  • 気体が外部にした仕事は,(力)×(距離)を考えて, \Delta W = F \times \Delta L = pS \times \Delta L(ここから[え]を導出)と表されます.このとき,シリンダー内の圧力は変化(減圧)しますが,ピストンの長さの変化量が微小量ですので,圧力は一定であると考えます.


上で述べた状態変化を組み合わせて,次のようなサイクル過程を考えます.

過程 過程名  \Delta U  \Delta W  \Delta L
過程I 等温過程(圧縮)  0
過程I 等積過程 0 0
過程III 等温過程(膨張)  0
過程I 等積過程 0 0

図2の横軸は  Lとなっていますが,実質体積を表しているので  p-Vグラフと捉えていいです.

[お] 気体が吸熱する過程
熱力学第1法則より  \Delta Q = \Delta U + \Delta Wと与えられるので,上の表で2つの変化量の和が正となるものを選択します.

[か] このサイクルにおいて,気体が外部にする仕事の総量
過程Iと過程IIIの仕事のどちらが大きいかという話です.気体が外部にした仕事の大きさは [p-V]グラフの面積として与えられ,過程IIIの方が面積が大きいので,総量は正となります.

(2) ゴムひも参上

張力(シリンダーでは圧力に相当)が気体とは異なる振る舞いをします.シリンダーでは,その圧力は(温度)÷(体積)に比例をしますが,ゴムひもでは張力は(温度)×(体積)に比例をしています.この違いがどのような結果をもたらすかを見ていきます.

とはいえ,熱力学第1法則はエネルギー保存則なので,この法則自体が変わることはありません.つまりは,『熱力学的に考察』するにあたり,ヒモにもこの法則が使えるということです.

[き] ヒモの内部エネルギーの変化量
ヒモが外部にした仕事は,問題文より*2
  \Delta W = - F \Delta L = - AT(L - L_0) \Delta L

熱力学第1法則を用いて,内部エネルギーの変化量は,
  \Delta U = \Delta Q - \Delta W = \Delta Q + AT(L - L_0) \Delta L

[く] ヒモを断熱的にゆっくり伸ばした場合
『断熱的に』ですので  \Delta Q = 0となります.よって,
  K \Delta T = AT(L - L_0) \Delta L

シリンダーのときと同様に熱力学的なサイクルを考えます.

過程 過程名  \Delta U  \Delta W  \Delta L
過程 \alpha 等温過程(延伸)  0
過程 \beta 等積過程 0 0
過程 \gamma 等温過程(収縮)  0
過程 \delta 等積過程 0 0
問1 サイクルグラフの作成

それぞれの過程における張力がどのように与えられるかを考えるだけです.( Lは, L_1 \leqq L \leqq L_2)

  • 過程 \alpha:温度が  T_Aで一定であるため, F = A T_A (L - L_0)
  • 過程 \beta:長さは一定で温度だけが変わるので, F_2 = A T_B (L_2 - L_0)
  • 過程 \gamma:温度が  T_Bで一定であるため, F = A T_B (L - L_0)
  • 過程 \delta:長さは一定で温度だけが変わるので, F_1 = A T_A (L_1 - L_0)

過程 \betaと過程 \deltaは,長さが一定で温度が上下する過程なので,グラフでは  F軸に並行な縦線となります.一方,過程 \alphaと過程 \gammaは,温度が一定であり,いずれの式も点 (L_0, 0)を通る直線を表しています.このようにして,台形のグラフが得られます.

[け][し] ヒモが外部にする仕事
シリンダーのときと同様,問1で作成したグラフの面積を考えます.
ここで少し次元解析な話をしておくと,それぞれのグラフで求められる「面積」は,

  • シリンダー(理想気体)のとき,(圧力)×(体積) = (力)÷(断面積)×(断面積)×(長さ) = (力)×(長さ)
  • ヒモのとき,(張力)×(長さ)

といずれも仕事を表していることがわかります.

というわけで,台形の面積を計算していきます.ただし,改めて問題文にも書いてあるとおり『各過程でヒモがする仕事は,微小な  \Delta W = \color{red}{-}F \Delta L〜の総和』と負号がついている点に注意です.
  \begin{align} W_1 &= \color{red}{-} \frac{1}{2} \left\{ F_1 + A T_A (L_2 - L_0) \right\} (L_2 - L_1) \\ &= - \frac{1}{2} A T_A (L_1 + L_2 - 2 L_0) (L_2 - L_1) < 0 \end{align}

  \begin{align} W_3 &= \color{red}{-} \frac{1}{2} \left\{ F_2 + A T_B (L_1 - L_0) \right\} \color{red}{(L_1 - L_2)} \\ &= \frac{1}{2} A T_B (L_1 + L_2 - 2 L_0) (L_2 - L_1) \\ &= - \frac{T_B}{T_A} \times W_1 \end{align}

 W_2, \ W_4は面積がゼロなので,仕事もゼロとなります.
1サイクルにおいて,ヒモが外部に対してする仕事の総量は,これらを足し合わせて,
  \displaystyle{ W_1 + W_2 + W_3 + W_4 = \left(  1 - \frac{T_B}{T_A} \right) \times W_1  > 0 }

問2 理想気体とヒモの違い

『熱力学的な応答』とは,温度の変化ととらえてもらえばいいかと思います.

  • 理想気体(シリンダー)の場合は,断熱的に気体を膨張させる(外部へ仕事をする)と,内部エネルギーは減少し,理想気体の温度は下がります.
  • ヒモの場合は,断熱的にヒモを伸ばすと,内部エネルギーは増加し,ヒモの温度は上がります.


(2)のところの書きはじめでも触れているように,圧力や張力の体積依存性が異なっていることが,この違いを生み出しているポイントになります*3.内容としては,理想気体とゴムひもの対比もわかりやすく,2007年のときよりはやさしかったのではないかと思います.
これは余談ですが,以前チコちゃんに叱られる!で「なんでゴムは伸び縮みするの?」という回があり,その答えは「まるで水のようだから」となっていました.ゴム分子のくさりが水のように移動しようとしていることを意味していました.理想気体と同じようなふるまいをすることを言っており,このような比較ができる(熱力学的な考察ができる)イメージがつかめるかなと思います.

*1:2007年の問題との比較を次のネタにあげています. miwotukusi.hatenablog.jp

*2:[え]のときと同様に微小な変化であるため,張力は一定と考えます.

*3:たとえば,断熱的に体積が増えたときの内部エネルギーの変化に違いが現れる.