みをつくしのひとりよがり

2022/08/10にブログ名を変えました.仕事や生活に役立ちそうな(実際に役立つかは別として)数学・物理ネタをつらつらと書いていこうと思ってます.

京大のゴムひも問題の比較(2022年と2007年)からの...とある物理量

今日,5月6日は語呂のとおり「ゴムの日」です.というわけで,前回取り上げた2022年京大物理第3問(ゴムひも問題)のおまけみたいな内容を書いていきます.タイトルのとおり,2007年のときとの比較をしておきます.問題文を眺めているだけだと同じように見えるところも,実はちょこちょこと違うところがあります.そのあたりを書き出していきます.それだけだと面白みがないので,2007年の問題の中身にも少し触れておきます.

では,比較をしていきます.

一気に表にしてしまいます.

2022年 2007年
張力  F = AT(L - L_0)  X =AT
内部エネルギー  U = KT  U = CT
仕事  \Delta W = - F \Delta L
「外部にした仕事」  
 \Delta W = X \Delta L
「外から加えた微小仕事」
断熱的に伸ばした
ときの温度変化: \Delta T
 \displaystyle{ \frac{AT}{K} (L - L_0) \Delta L }  \displaystyle{ \frac{AT}{C} \Delta L }
熱力学的サイクル 等温→定積→等温→定積 等温→断熱→等温→断熱

断熱的に伸ばした時の温度変化のところまでは,2022年も 2007年も同じ流れで各種の物理量を求めています.そして,このように並べてみると,以下のようなことが読み取れます.

  • 張力の比例定数: Aは次元が違っている.
  • 問題で与えられている仕事の向きが反対になっている.なので,負号がついている.
  • 熱力学的サイクルが異なっている.

特に最後の違いが決定的なところで,断然 2007年の方が面白くなっています.どこが?という話を以降でしていきます.

2007年(2) 謎の不変量

以下の問いが登場します.

(2) さて,この物体を断熱的にゆっくりと伸ばした.そのとき  \displaystyle{ L - \frac{C}{A} \log{T} }が一定であった.ここで, \log{T} Tの自然対数である.

問1 この理由を述べよ.ただし,正の定数  T T + \Delta Tまでわずかに変化させたときの  \log{T}の変化量を  \Delta \log{T}と表すと, \displaystyle{ \frac{\Delta \log{T}}{\Delta T} = \frac{1}{T} }が成り立つことを用いてよい.

まずは回答となる計算過程を記しておきます.
断熱的に,(長さ: L,温度: T)→(長さ: L + \Delta L,温度: T + \Delta T)としても変わらなかった.
ということ示したいので,わずかに変化させる前後での差を考えます.
  \begin{align} &\left\{ (L + \Delta L ) - \frac{C}{A} \log{(T + \Delta T)} \right\} - \left\{ L - \frac{C}{A} \log{T} \right\} \\ &= \Delta L - \frac{C}{A} \left\{ \log{(T + \Delta T)} - \log{T} \right\} \\ &= \Delta L - \frac{C}{A} \Delta \log{T} \\ &= \Delta L - \frac{C}{A} \frac{\Delta T}{T} \end{align}

2行目の中括弧の中身が,『正の定数  T T + \Delta Tまでわずかに変化させたときの  \log{T}の変化量』になっています.なお,問1の文中で与えられている  \Delta \log{T}の式は,上の計算の形を見ても想像できるように, \log微分を与えているだけです*1
最後に上の比較表に記している  \Delta Tの式を代入すると,これが 0になることが示されます.

で,いったいこの量って何?という話なのですが,以下の変形から探ることができます.
熱力学第1法則の式: \Delta U = \Delta Q + AT \Delta Lと内部エネルギーの変化: \Delta U = C \Delta Tより
  \begin{align} C \Delta T &= \Delta Q + AT \Delta L \\ \Delta Q &= C \Delta T - AT \Delta L \\ \frac{\Delta Q}{T} &= -A \left( \Delta L - \frac{C}{A} \frac{\Delta T}{T} \right) = -A \cdot \Delta \left( L - \frac{C}{A} \log{T} \right) \end{align}

 \displaystyle{ \frac{\Delta Q}{T} }という量が一定であるという結果がでてきました.次元的には熱容量と同じですが,熱容量とは違います.
  \displaystyle{ \frac{\Delta Q}{T} \neq \frac{\Delta Q}{\Delta T} }

この量は「エントロピー(entropy)」と呼ばれるものになります*2.よく「乱雑さ」を表す量として説明がされますが,なかなか感覚的に捉えることが難しい物理量です.物理においては,エントローピーは  Sを用いて表され,その変化量は,
  \displaystyle{ \Delta S = \frac{\Delta Q}{T} }

と書かれます.
この式だけを見ながら,エントロピーのそれなりの意味を書いてみます.
分子に書かれている  \Delta Qは熱という「エネルギーの流れ」を表しています.分母に書かれている温度: Tの系に対して,どれだけのエネルギーの移動があったかを表す量になっています.以下の 2つは,同じようなことを言っていますが,あえて書き残しておきます*3

  • 同じ熱エネルギー: \Delta Qの移動であっても,そのときの系の温度によって与えられるエントロピーが異なり,系の温度が低い方がエントロピーの変化も大きくなります.
  • 熱エネルギーが大きいと,それだけその系への影響度(系の乱され具合)が大きくなってきます.ただし,単に熱エネルギーが大きいからといってすごく乱されるというわけではなく,その系の温度にも依存していることを表しています.

この話はいったんここで止めておきます.また,後で登場してもらいます.

2007年の問題では,比較表にも書いているように,この後等温過程と断熱過程をおこなう熱力学的サイクルを考えていきます.最後に,このサイクルでの熱効率がカルノーサイクルの熱効率と同じになることを示します.

2007年(5) 熱効率

(5) 一般にサイクルの熱効率は,物体がサイクルを通じて外にする正味の仕事を,高温熱源から吸収する熱量  Q_{\rm{in}}で割った量として導入される.よって,サイクルを動かす間の熱効率は, Q_{\rm{in}}とサイクルを動かす間に放出する熱量  Q_{\rm{out}}を用いて  \boxed{\ \ \ く\ \ \ }と書ける.

問3 これまでの結果を用いて,(4)のサイクルの熱効率が  \displaystyle{ 1 - \frac{T_1}{T_2} }となる理由を説明せよ.

途中問題を省いてしまっていますが,2つの温度: T_1, \ T_2は,それぞれの等温過程における温度であり, T_1 < T_2となっています.

[く]のところは,サイクルがもらった熱のうち,どれだけを仕事に与えることができたかを問われています.(もらった熱)-(捨てた熱)が仕事になるので,
  \displaystyle{ \eta = \frac{Q_{\rm{in}} - Q_{\rm{out}}}{Q_{\rm{in}}} = 1 - \frac{Q_{\rm{out}}}{Q_{\rm{in}}}}

そして,問3でこれを具体的に計算することにより, \displaystyle{ \eta = 1 - \frac{T_1}{T_2} }となることが導かれます.この式は,カルノーサイクルの熱効率と同じ形になっています.カルノーサイクルについては,以下のネタで取り上げています.
miwotukusi.hatenablog.jp

このネタの中で,カルノーサイクルは「可逆なサイクル=後戻りのできるサイクル」として書いています.つまり,ゴムひもも可逆なサイクルを実現できるものだということがわかります.さらには,このカルノーサイクルの熱効率よりも高い熱効率をもつサイクルは実現できないことが示されます(これは大学の熱力学の範疇です).つまり,カルノーサイクルやこのゴムひもは,「ムダのない」熱力学的サイクルを実現するということになります*4

「ムダのない」ということ

カルノーサイクルにおいては,
  \begin{align} \frac{Q_{\rm{out}}}{Q_{\rm{in}}} &= \frac{T_1}{T_2} \\ \frac{Q_{\rm{out}}}{T_1} &= \frac{Q_{\rm{in}}}{T_2} \end{align}

という式が得られます.これは上のクールビズのネタの中でも導出している内容になります. Q_{\rm{out}}, \ Q_{\rm{in}}は,それぞれの過程で流出したおよび流入した熱量の「差分」を表しているので, \Delta Q_{\rm{out}}, \ \Delta Q_{\rm{in}}と書き改めても問題ありません.というわけで,
  \displaystyle{ \frac{\Delta Q_{\rm{out}}}{T_1} = \frac{\Delta Q_{\rm{in}}}{T_2} }

そして,1回のサイクルにおけるエントロピーの収支を考えてみると,熱の出入りの向きに注意して,
  \displaystyle{ \Delta S_{cc} = \frac{\Delta Q_{\rm{in}}}{T_2} + \left( - \frac{\Delta Q_{\rm{out}}}{T_1} \right) = 0 }

となり,エントロピーが保存されていることになります.(ccはカルノーサイクル(Carnot cycle)の略です.)

ちなみに,温度がそれぞれ  T_1, \ T_2\ (T_2 > T_1)である 2つの物体を接触させる(下図の右)と,温度が同じになるように熱が移動しますが,その熱量を  \Delta Qとすると.系のエントロピーの収支: Sは,
  \displaystyle{ \Delta S = \frac{\Delta Q}{T_1} + \left( -\frac{\Delta Q}{T_2} \right) > 0 }

エントロピーが必ず増えるという結果になります.逆に,低温部→高温部に熱の流れが起きると,エントロピーは負になります*5エントロピーは熱力学において「不可逆性」の度合いを示す物理量と表されることもあります.確かに,カルノーサイクルのような可逆な過程においては 0であり,そうでない上記のような 2物体間の熱移動は不可逆な過程となりエントロピーは増大します.そして,この例が熱力学第2法則のもっとも簡単な例になります.

エントロピーの変化*6
で,エントロピーってなんなの?

上の内容だけだと,単にその過程が可逆かそうでないかを表す指標のようにしか見えてきません.ところが,エントロピーの変化: \Delta Sがあるとき,その時点での系の温度を  Tとすると,
  T \Delta S

はエネルギーの次元をもっています.ですので,エントロピーによって引き起こされる物理現象が存在することが予想されます.また,そのような現象には温度が関与することも予想されます.現にそのような現象はいくつもあり,エントロピーは重要な物理量として扱われるようになっています.ゴムの弾性力も,エントロピーが関わっているものも一つであったりします.


問題の比較から 2007年の問題で何気に登場していたエントロピーについて,その触りを書いてみました.エントロピーは,機械学習などでも登場するので,ある意味流行りのキーワードかとも思います.だいぶフワフワしてますが,感覚をつかんでもらえたらいいなと思ってます.(かくいうわたしもフワフワしたままです...)

*1:微積の教科書には出てくる内容ですが,計算過程は以下のとおりです. \begin{align} \left( \log{T} \right)' &= \lim_{\Delta T \to 0} \frac{\log{(T + \Delta T)} - \log{T}}{\Delta T} \\ &= \frac{1}{T} \lim_{\Delta T \to 0} \frac{T}{\Delta T} \log{\left( 1 + \frac{\Delta T}{T} \right)} \\ &= \frac{1}{T} \lim_{\tau \to 0} \log{\left( 1 + \tau \right)^{\frac{1}{\tau}}} \ \ \ (\tau \equiv \Delta T/T) \\ &= \frac{1}{T} \log{e} \\ &= \frac{1}{T} \end{align}

*2:高校化学で「エンタルピー(enthalpy)」という量が扱われるようになりましたが,これとはまったく異なるものです.エンタルピーはエネルギーの次元を持ち,エントロピーはエネルギー÷温度の次元を持ちます.

*3:ものの見方は,いろいろできておく方がいいので.

*4:断熱的という過程は,非常にゆっくりと動かす過程を指しているので,現実的ではないものになります.実現できたとしても,1回のサイクルに要する時間がめちゃくちゃ長くなって,取り出せる仕事率(仕事÷かかった時間)が非常に悪くなります.

*5:上のウォームビズのネタの冒頭にあるように,これはクラウジウスの原理に反します.ここでの議論はあくまでも「マクロな系」としてみている結果であり,ミクロな領域では逆方向に熱の流れ(エネルギーの流れ)があることはあり得ます.

*6:熱の出入りがあれば,高温部の温度は下がり低温部の温度は上がることは想像できると思います.このような状況では,「熱浴」と呼ばれる温度が一定の「周辺環境」というものを考えているので,熱の移動に対して温度は変化しないということになります.それだけの大きなバックボーンが存在すると考えているわけです.