みをつくしのひとりよがり

2022/08/10にブログ名を変えました.仕事や生活に役立ちそうな(実際に役立つかは別として)数学・物理ネタをつらつらと書いていこうと思ってます.

ラグランジュポイントを求めて〜その1〜

共通テストはいろいろと荒れた感じになってしまいましたね.あの時間であの文章量はちょっとひどいなあと...個人的には「太郎と花子が邪魔をした」とも思っていますが(笑)

さて,今回はラグランジュポイント(Lagrangian points)について書いていきます.
まず,ラグランジュというのは人の名前で,大学で物理をやると真っ先に叩き込まれる名前です.普通なら Lagrange's pointsと書くべきところかと思いますが,上のように書き表します.そして,もう一人,オイラーさんも関わっています. e^{i \theta} = \cos{\theta} + i \sin{\theta}  の公式でおなじみのオイラーさんです.
映画やアニメなんかでも,たまに使われる言葉なので,聞いたことがある人は多いのではないかと思います.

2つの天体(星)からの重力(万有引力)とつり合いがとれる場所のことをこう呼びます.つり合いが保たれていれば,場所を制御する操作が最小限に抑えられ,安定した観測や環境を得ることができます.「2つの天体」は「太陽と地球」であったり,「地球と月」であったりします.

で,いまここを目指している観測装置があります.それがジェイムス・ウェッブ宇宙望遠鏡(James Webb Space Telescope; JWST)です.ちょうど去年のクリスマスに打ち上げられて,SNSなんかでは実況で盛り上がりました.JWSTは,「太陽と地球からの重力とつり合いがとれる場所の2番目の場所(L2)」を目指しています.ラグランジュポイントには,L1〜L5と名付けられた 5つのポイントがあります.

  1. L1〜L3は,太陽と地球を結ぶ直線上にある点
  2. L4, L5は,太陽と地球と正三角形をなすような点

となっています.

ラグランジュポイント(出典;https://ja.wikipedia.org/wiki/ラグランジュ点)

今回は,このラグランジュポイントを計算していこうという話になります.簡単そうに見えるのですが,そうは問屋が卸しません.3つの天体が関係する力学の問題は三体問題と呼ばれ,運動方程式の厳密解を得ることができないという問題になります.ですので,ある程度の条件がついた中で考えることになります*1

考え方のポイントは「重心」です.まず今回は,上記の1.にあるL1〜L3を求めていきます.

もろもろの変数

いろいろ変数が必要ですね.

  • 太陽の質量: M = 2.0 \times 10^{30} \ \mathrm{kg}
  • 地球の質量: m = 6.0 \times 10^{24} \ \mathrm{kg}
  • 太陽と地球の距離: R = 1.5 \times 10^{11} \ \mathrm{m}
  • JWSTの質量: \mu = 6.2 \times 10^{3} \ \mathrm{kg}

一つ肝心な変数がまだないのですが(何かわかりますか?),それは後ほど.

JWSTにはたらく力

つり合いを考えるわけですから,当然 JWSTにはたらく力が何かを考えることになります.( iは,ラグランジュポイントの番号を表すことにします.)

  • 太陽との間にはたらく重力: \overrightarrow{F_i}
  • 地球との間にはたらく重力: \overrightarrow{f_i}
  • 遠心力: \overrightarrow{T_i}

唐突に遠心力が出てきましたが,いまは太陽の周りを公転している地球と一緒に JWSTも公転していくことを考えています.ですので,地球と同じ角速度で公転する際にはたらく遠心力を考えなければなりません.
さらに,このような系(回転座標系)では,「コリオリの力」も考える必要があります.ですが,いまは相対的に静止した位置関係となるので,考えなくてよい力(ゼロになる)になります.
よって.力のつり合いの式はベクトルで表現すると,以下のようになります.
  \overrightarrow{F_i} + \overrightarrow{f_i} + \overrightarrow{T_i} = \overrightarrow{0}


公転の中心は重心

通常の重力(万有引力)の問題であれば,その回転の中心は太陽(の中心)ということになります.が,そうではなく,「太陽と地球の重心を中心として公転している.」と考えなければなりません.これがポイントになります.
重心の位置を求めることは難しくはなく,太陽と重心の距離を  R_Gとして,重心まわりのモーメントを考えれば,
  \begin{align} M R_G &= m (R - R_G) \\ R_G &= \frac{m}{M + m} R \end{align}

と求められます.今年の共通テストにこんな形の選択肢がありましたね.上で記した値を代入すると, R_G \fallingdotseq 4.5 \times 10^5 \ \mathrm{m}となります.太陽の半径は  7.0 \times 10^8 \ \mathrm{m}なので,この重心は太陽の内部に存在することになります.

当然,地球の公転の中心もこの重心になります.もっと言えば,太陽もこの重心のまわりを回転していることになります*2.その角速度を  \omegaとおけば,

  • 太陽について: \displaystyle{ M R_G \omega^2 = G \frac{Mm}{R^2} }
  • 地球について: \displaystyle{ m (R - R_G) \omega^2 = G \frac{Mm}{R^2} }

右辺の重力は,あくまでも 2つの天体間の距離に依存するので注意です.上のモーメントの式を見れば,これら 2つの式は同じものとなり,
  \displaystyle{ \omega = \sqrt{ \frac{G(M + m)}{R^3} } }

と与えられます.
この角速度を用いて遠心力を表し,つり合いの式を解けば,どの位置にラグランジュポイントが存在するかを表すことができます.上で「一つ肝心な変数がまだない」と記していましたが,それは JWSTの遠心力を考える際に必要な「円運動の半径」です.これは,重心〜JWSTの距離として与えられます.

ここで図を差し入れておきます.次の L2を求めるときにも,この図を見ながら考えてもらえばよいかと思います.

L2を求めるための図(実際には,重心は太陽内部にありますが,見やすくするために外へ出して描いています.)

L2を求める.

L2は地球の公転軌道の外側にあります.地球〜L2間の距離を  r (つまり,太陽〜L2間の距離を  R + r)とおき,太陽から地球に向かう向きを正の向きとして,つり合いの式を立てると,(赤字の符号については後ほど説明します.)
  \begin{align} 0 &= - F_2 - f_2 + T_2 \\ 0 &= - G \frac{M \mu}{(R \color{red}{+} r)^2} \color{red}{-} G \frac{m \mu}{r^2} + \mu \ \omega^2 (R \color{red}{+} r - R_G) \ \ \ \cdots \mathrm{(A_2)} \end{align}

 \omegaを代入し,両辺を  G \muで割ると*3
  \displaystyle{ 0 = - \frac{M}{(R \color{red}{+} r)^2} \color{red}{-} \frac{m}{r^2} + \frac{M + m}{R^3} \left( R \color{red}{+} r - \frac{m}{M + m} R \right) }

両辺に  R^2を乗じて,第3項を展開すると,
  \displaystyle{ 0 = - \cfrac{M}{\left( 1 \color{red}{+} \cfrac{r}{R} \right)^2} \color{red}{-} \cfrac{m}{\left( \cfrac{r}{R} \right)^2} + (M + m) \left( 1 \color{red}{+} \frac{r}{R} \right) - m }

ここで, r Rに比べて非常に小さいとします.すると, (1 + z)^n \fallingdotseq 1 + n z( |z| \ll 1)の近似式を用いて,
  \displaystyle{ 0 = - M \left( \cancel{1} \color{red}{-} 2 \frac{r}{R} \right) \color{red}{-} \cfrac{m}{\left( \cfrac{r}{R} \right)^2} + ( \cancel{M} + \cancel{m} ) \color{red}{+}  (M + m) \frac{r}{R} - \cancel{m} }

 \displaystyle{ x \equiv \frac{r}{R} }として整理すると,
  \begin{align} 0 &= \color{red}{+} 2 M x \color{red}{-} \frac{m}{x^2} \color{red}{+} (M + m) x \ \ \ \cdots \mathrm{(B)} \\ (3M + m) x^3 &= m \\ x &= \sqrt[3]{ \frac{m}{3M + m} } \end{align}

よって,地球〜L2間の距離は以下のように求まります.
  \displaystyle{ r = R \sqrt[3]{ \frac{m}{3M + m} } }

さらなる条件として, M \gg m(太陽の質量は地球の質量よりも非常に大きい)という条件を課せば*4
  \displaystyle{ r = R \sqrt[3]{ \frac{m}{3M} } = 1.5 \times 10^{11} \cdot \sqrt[3]{ \frac{6.0 \times 10^{24}}{3 \cdot 2.0 \times 10^{30}} 
 } = 1.5 \times 10^9 \ \mathrm{m} }

と求まりました.実際,JWSTは 150万km先を目指しており,近似ながらもぴったり値がでています*5

L1はどこ?

 \mathrm{(A_2)}式と同様につり合いの式を立てます.今度は, rだけ内側にあるという式になります.
  \begin{align} 0 &= - F_1 + f_1 + T_1 \\ 0 &= - G \frac{M \mu}{(R \color{red}{-} r)^2} \color{red}{+} G \frac{m \mu}{r^2} + \mu \ \omega^2 (R \color{red}{-} r - R_G) \ \ \ \cdots \mathrm{(A_1)} \end{align}

 \mathrm{(A_2)}式と比べて,しれっと赤色で書いていた符号が逆になるだけです.で,先ほど計算をした結果である(B)式を見ると,その赤色の符号が付いた項だけが残っています.つまり,これらをそれぞれ逆にしたところで得られる方程式は(B)式と同じになります.ですので,L1は L2の地球をはさんで反対側になることがわかりました*6

L3はどこ?

今度は少し様子が変わります.地球〜L3間の距離を  r'として,
  \begin{align} 0 &= F_3 + f_3 - T_3 \\ 0 &= + G \frac{M \mu}{(r' - R)^2} + G \frac{m \mu}{r'^2} - \mu \ \omega^2 (r' - R + R_G) \ \ \ \cdots \mathrm{(A_3)} \end{align}

さらに, r' = 2R + d \ (d \ll R) (つまり,L3は地球の太陽をはさんで反対側周辺にある)とおくと,上の式は近似をした後に  \displaystyle{ y \equiv \frac{d}{R} } の 1次方程式となり, \displaystyle{ y = \frac{m}{12M+5m} \fallingdotseq \frac{m}{12M} } となります*7.ほぼゼロですが,地球の公転軌道のすこーし外側になることが示されました.

最後に,L1〜L3の位置関係をまとめた図を入れておきます.

L1〜L3の位置関係


次回は,L4〜L5を求めていきます.

*1:そもそも,3つの天体以外からの重力を無視してしまうところからして条件つきになっています.

*2:といっても,重心が自身の内部にあるので回ることはできませんが.

*3:この時点で,ラグランジュポイントに置かれる物体の質量は無関係であることが示されています.

*4:いまのケースでは具体的な値を見ても明らかであり,実は上の  R_Gを求める計算ですでにその条件を使っていたりします.

*5:Wikipedia中にも説明があるとおり,実際には L2の近辺に投入されることとなっています. ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡 - Wikipedia

*6:あくまでも近似した計算の結果なので,厳密にはL1とL2が地球を挟んで真反対になるわけではありません.

*7:2024/02/24修正:なんか気持ち悪かったので改めて計算をしたら,計算間違いをしていました...