みをつくしのひとりよがり

2022/08/10にブログ名を変えました.仕事や生活に役立ちそうな(実際に役立つかは別として)数学・物理ネタをつらつらと書いていこうと思ってます.

「2022年名大物理問題III」のメモ

名古屋大さんの問題を初めて書いてみます.
この熱力学の問題,大手予備校さんの評価は「やや難以上」なんですよね.内容的にあまり見かけないこともありますが,数値計算力を試されている部分もあるからなのかと思います.
熱気球が出てくるところからも,過去のネタとのカラミが多い問題でもあったりします(なので,取り上げている感...)*1

気球の上昇

密閉された気球が登場します.『気球内部の気体の圧力は,常に外部空間の気体の圧力に等しいとする.』と書かれていますが,密閉されているので気体の出入りはありません.ここが,熱気球が浮く仕組み - 理系男子の独り善がりとは違っているところです.まずは,問題文を読みながら図の中に物理量を書き込んでいき,図の中で状況を整理していくといいと思います.

設問(1):気球内部の気体の質量

質量が物質量(モル数)に結びついていることがポイントですね.つまりは, \displaystyle{ n = \frac{m}{A} }であることを用いれば,状態方程式は以下のように書き下せます.
  \displaystyle{ P V_b = \frac{m}{A} R T_b }

設問(2):浮上を始めた瞬間に受けていた浮力と気球内部の気体の温度

浮力は,外部空間の気体の密度を  \rho_0とおいて*2
  F = \rho_0 V_b g

 \displaystyle{ \rho_0 = \frac{m}{V_0}} は,加熱前の気体に対する状態方程式より以下のように与えられます.
  \begin{align} P V_0 &= \frac{m}{A} R T_0 \\ \frac{m}{V_0} &= \frac{A P}{R T_0} \end{align}

この浮力が総質量とつり合うときが浮き始めになるので, (M + m)g = Fから  T_0を求めます.

設問(3):与えられた熱量

まずは,シンプルに (熱量)=(熱容量)×(温度変化)を書き下し,いままでに導出した物理量で変形していきます.
  \begin{align} Q &= C m (T_b - T_0) \ \ \ \cdots \text{答1} \\ &= C A \frac{P V_b}{R T_b}  (T_b - T_0) \\ &= C A \frac{P V_b}{R} \left( 1 - \frac{T_0}{T_b} \right) \\ &= C A \frac{P V_0}{R} \left( 1 - \frac{A P V_b - M R T_0}{A P V_b} \right) \\ &= C M T_0 \ \ \ \cdots \text{答2} \end{align}

気球内部の気体を温めているのに,気球の質量(ゴンドラとヒーターの総質量)に依存した熱量を与えると浮き上がるというのは面白い結果ですね.というのを感じさせるように,答1と答2が用意されているのかなと感じました.
最後の結果(答2)については,以下に別の導出方法を記しておきます.

設問(3)答2の別の導出方法
浮きはじめるときの条件は,以下のように書き下せます.
  \rho_0 V_b g = m g + M g

ところで, m = \rho_0 V_0となっています.これを上に代入すると.
  \begin{align} \rho_0 V_b g &= \rho_0 V_0 g + M g \\ \rho_0 (V_b - V_0) &= M \\ \rho_0 V_0 \left( \frac{T_b}{T_0} - 1 \right) &= M \\  m (T_b - T_0) &= M T_0 \end{align}

2行目から3行目の変形では,気球内部の空気に関するボイル・シャルルの法則: \displaystyle{ \frac{P V_0}{T_0} = \frac{P V_b}{T_b} }を用いています.あとは,両辺に比熱: Cをかけるだけです.こちらの導出の方が, Mがでてくる必然感が伝わるかなと.
当然,先に  V_bをボイル・シャルルの法則を使って変形してから代入して導く手もあります.

「湿った空気」の変化(前編)

気球内部に少量の水蒸気を入れていきます.

設問(4):気球内部の空気の質量

設問(1)でも用いた状態方程式の形を使うだけです.うまく約分ができますね.
  \displaystyle{ m = A \frac{P_1 V_1}{R T_1} = 2.9 \times 10 \ \mathrm{kg} }

設問(5):気球内部を減圧

気球内部の気圧は半減されます.
ポアソンの式: P V^{1.4} = \mathrm{Const.}の関係を使えば,
  \begin{align} P_1 {V_1}^{1.4} &= P_2 {V_2}^{1.4} \\ V_2 &= \left( \frac{P_1}{P_2} \right)^{\frac{1}{1.4}} V_1 \end{align}

温度は,ボイル・シャルルの法則を用いて,
  \begin{align} \frac{P_2 V_2}{T_2} &= \frac{P_1 V_1}{T_1} \\ T_2 &= \frac{P_2}{P_1} \frac{V_2}{V_1} T_1 = \left( \frac{P_1}{P_2} \right)^{\frac{1}{1.4}-1} T_1 \fallingdotseq \frac{1.641}{2} \times 300 \fallingdotseq 2.46 \times 10^2 \ \mathrm{K} \end{align}


「湿った空気」の変化(中編)

今度は湿った空気の一部が氷結します.氷ができたとき,熱力学的に何が起きているかがポイントになります.

設問(6):氷ができたときの熱収支

氷が融けて水になるとき,氷は熱を吸収します.逆に,氷ができるときには熱を放出することになります*3.そして,その熱はそのまま気球内部の空気に吸収されます.
この熱量は,次のようになります.
  5.00 \times 10^{-2} \ \mathrm{kg} \times 2.80 \times 10^6 \ \mathrm{J/kg} = 1.40 \times10^5 \ \mathrm{J}

これにより,空気の温度は
  \displaystyle{ \Delta T = \frac{1.40 \times 10^5 \ \mathrm{J}}{2.9 \times 10 \ \mathrm{kg} \times 1.00 \times 10^3 \ \mathrm{J/(kg \cdot K)}} \fallingdotseq 4.8 \ \mathrm{K} }

だけ変化します.

「湿った空気」の変化(後編)

氷を取り出して,もとの気圧に戻します.断熱圧縮をしているので,この過程も断熱過程になります.
氷をすべて取り出したとき,『この作業の前後で気球内部の空気の圧力,温度,体積は変わらなかった.』とのことですから,

  • 圧力は, P_2 = 5.00 \times 10^4 \ \mathrm{Pa}のまま,
  • 温度は, {T_2}' \equiv T_2 + \Delta T = 246 + 4.8 \fallingdotseq 251 \ \mathrm{K}になった.

ということです.

設問(7):もとの状態からの温度変化

まずは,ポアソンの式を変形しておきます.状態方程式から, \displaystyle{ \frac{P V}{T} = \mathrm{Const.} }の形を出し,ポアソンの式と辺々割ることで,
  \displaystyle{ \frac{P^{1 - \frac{1}{1.4}}}{T} = \mathrm{Const.} }

の関係を得ることができます.設問(5)の計算をまとめてあげたと見た方がわかりやすいのかもしれませんね.
この関係を用いると, \displaystyle{ 1- \frac{1}{1.4} \equiv \theta }とおいて*4

  • 減圧したとき: \displaystyle{ \frac{{{P_1}^{\theta}}}{T_1} = \frac{{P_2}^{\theta}}{T_2} }
  • 氷結した氷を取り除いて,加圧したとき: \displaystyle{ \frac{{P_2}^{\theta}}{{T_2}'} = \frac{{P_1}^{\theta}}{T_3} }

結局, \theta乗を含む項が共通にあるので辺々割れば, \displaystyle{ T_3 = \frac{T_1}{T_2} {T_2}' }となります.
求める温度差は,
  \displaystyle{ T_3 - T_1 = \frac{T_1}{T_2} (T_2 + \Delta T) - T_1 = \frac{T_1}{T_2} \Delta T = \frac{300}{246} \Delta T \fallingdotseq 1.22 \Delta T }

となります.または,設問(5)で  \displaystyle{ T_2 =\left( \frac{P_1}{P_2} \right)^{\frac{1}{1.4}-1} T_1 }の関係が導かれているので,設問(5)の選択肢(ウ)の値を用いて計算することもできます.

この設問では有効数字の桁数指定がありませんが, T_2は有効数字 3桁で出しているので,こちらも 3桁で出しておく方がよいかと思います.温度差自体を計算する場合は, \Delta Tが有効数字 2桁なので,2桁になります.


指数を取り扱うところが面倒(実際やってみるとそう見えるだけの話ですが...)で,ここが間違いを生みやすいポイントかと思います.

で,最後の結論ですが, T_3 > T_1 であることを示しています.この問題の流れを整理しておくと,

  1. 前編:気球に水蒸気を加え(温度は  T_1),
  2. 中編:気圧を下げて,できた氷を取り除き(温度は  {T_2}' < T_1),
  3. 後編:気圧をもとに戻した(温度は  T_3 > T_1).

気圧の変化は行って戻ってくる(もとに戻る)だけであり,その途中にできた氷を取り出しただけで温度が変わってしまいました.
この話を標高の高いところは気圧が低いというところに結びつけてみると,

  1. 水蒸気を含んだ雲(水蒸気の塊)が,
  2. 標高を上げて(山を越えて),できた氷を取り除き(=雨や雪となって落ちる),
  3. もとの標高に戻ってきたら,水蒸気の温度が上がってた.

となり,山を越えただけで気温が上がるという結果になりました.これ,フェーン現象のモデルになっています.
フェーン現象については,以下のネタでも触れています.
実は,この問題で取り上げている気圧差( P_1 \rightleftarrows P_2)は,地上から上空約5,000mまでの標高差に対応します.それで温度変化は 6℃弱しかありません.実際のフェーン現象は,もっと低い標高差(山越え)でこれよりも大きな温度変化が生まれます.この違いはどこから出てきているのかを考えてみるのも面白いと思います.
miwotukusi.hatenablog.jp

*1:このブログで一番見ていただいているネタです.熱気球が浮く仕組み - 理系男子の独り善がり

*2:いちおう参考物件です.浮力の疑問 - 理系男子の独り善がり

*3:水分子がもつ内部エネルギーが高くなれば流動性が上がり,低くなれば流動性がなくなる→氷になるというイメージを持てれば

*4:もちろん,最初に考えていたときには,こんな文字に置き換えたりはしていません.